第41話回顧 3
樹莉の家である小料理屋が、避難勧告によって休店を余儀なくされ、後妻の実家へと疎開をしている設定にしたのは、タカトが樹莉と二人きりの場面を設けたかったからだ。しかし既に樹莉は樹莉ではなくなっている。ここで見せたかったのは、タカトの気持ちなのだ。
まだ視聴者に樹莉が入れ替わっているのだとは、はっきり明示はしていない。だからとても意地悪な見せ方ではあったとも思うが、こういう樹莉だからこそ、タカトは一生懸命、自分の気持ちを説明しようとしている。
貝澤さんと組める最後という事で、シナリオを書く前に色々話をした。なぜ松本なのかというと、貝澤さんの出身地だからだった。取材をしなくてもリアリティある描写が出来る利点もあるが、ある種の特別な感触を、演出によって命に吹き込んで貰いたかったという願いも込めていた。
前エントリで書き忘れたが、アークが沈んで夜の闇に西新宿が沈む辺りで、野沢さんのナレーションを入れている。
――こうしてテイマーたちは、避難区域となっている新宿を離れて、それぞれの両親と離れていった――。
深夜。三鷹駅の出発のメロディが構内に流れている。まだ「めだかの学校」になる前のもの。
ギルモンが不安そうに見回している。
どうしよ……。(これは多分野沢さんのアドリブ)
三鷹駅。新宿からタクシーで来ていた。中央本線はここで折り返し運行となっている。新宿が危険だと回避されていた。
タカトが弁当を抱えてクルモンと駆け込んでくる。
駅弁買ってきたよ!
タカト走ってばっかりだね。
ホントだね。
ドアが閉まる。タカトは冬装備のジャケットを着ている。
2002年の12月まで運行していた急行アルプス。通称「山男列車」。現在はムーンライト信州。
車内に入ってきたタカト――
表情が強ばったままの樹莉。
なぜかクルモンも一緒に来ている。
もの凄い声がして驚くタカト。
おおえええああああっ!!!
車掌がギルモンを見て驚いている。
あああの! ちゃんと払いました! ギルモン大きいから大人の料金。
そういう事じゃないでしょ!
それ、デジモンでしょ! 車掌の手の形で見せている。
デジモンて危ないんでしょう!?
違います!
ギルモンは、ぼくたちの町を守る為に戦ってくれたんです!
うんうん、と頷くギルモン。
あれはもっとデカいデジモンでしょ!?
色は、似ているみたいだけど。(メガログラウモンの映像が報道されていた)
だからあれは! ギルモンが進化した時の完全体で――
タカトぉ!
ギルモン進化するー!
だめえええ!
こんなところで進化しちゃ!
ギルモン進化~!
ダメー!
やっぱり危ないじゃないか!
ぐううううう、とお腹の鳴る音に、ギルモンを見入るタカトと車掌。
タカトぉ、ギルモンお腹空いた。
えええ?
車掌、ギルモンをしげしげと見て――
笑い出す。
でもなんか……、吞気な奴みたいだね。
散らばった弁当箱を集めて――
あは。そうなんです、ギルモンは。
ま、いいか。見なかった事にすれば。
ありがとう。
えっと、松本までだっけ?
はい。
良い旅を、と帽子に手を当て、去って行く車掌。
安堵するタカト。
この車掌はサイバードラモンの世田壱恵さんが演じられた。貝澤さんと前に一緒に作った「ふしぎ魔法ファンファンファーマシィー」のレギュラーで、八百屋さんを演じられていたのが世田さん。八島さんの楽しい作画と共に、活き活きと演じられている。
車外からの視点のカットは、ずっと夜の街の明かりが映り流れている。これはキャプチャでは伝えられない美しいカットだった。
町中を抜け――
山間部のトンネルへ――
リアル・ワールドではお腹が減る。三箱を完食して眠っているギルモン。
弁当に手をつけていない樹莉。恐らく麗花のジャケットが着せられている。
加藤さんて……、良い子だよね……。
でも……、
加藤さんとこうやっていられるなんて、本当は夢みたいな事――
なんだ……。加藤さん、よくぼくに話しかけてくれたでしょ。
ぼく、心の中でひょっとしたら、本当は加藤さんぼくの事――
好きなのかな、って……、
だあああ、でもそうかなって想像しただけで!
っていうか、じゃなくてぇ!!
ぼくが加藤さんの――
こと……、
加藤さん……
アルカイックに笑みを浮かべる。
ぼく、困るんだ……。
そ、そんな加藤さんじゃ――
困るんだ……。
クルモンは貝澤さんにとってのヒョウタンツギだったのかもしれない。以降、タカトは前の席に移って深刻な話を続けねばならない。心象風景として描かれる。
嬉しかったんだ……、ぼく。
一緒にテイマーになって
デジタル・ワールドを冒険出来て――、嬉しかったんだ。
でも、レオモンがいなくなって、とっても悲しい気持ちにさせちゃって――
ぼく、加藤さんを元気にリアル・ワールドに帰さなきゃって――
だからぼく――
加藤さんが、そんな――
何にも言わないみたいなの――
気持ち、何にもなくなっちゃったみたいな、
そういうの、
ぼく困るんだ!
ぼく……。
自分都合での言い方しか出来ていないが、視聴者にはタカトの気持ちは伝わったと思う。子どもならどういう言い方をするのか――と計算して書いた台詞ではなかった。津村さんならどう演じられるだろうと想像しながら、私は自分の脳内に聞こえてくるタカトの台詞を記述した。
樹莉が――、口を開いた。
栄養成分表示、エネルギー、
688キロカロリー
タンパク質、24.4g
脂質、15.7g、炭水化物――
加藤さん……。
シナリオではポスターのコピーを読み上げると書いていた。樹莉の座席位置からポスターは見えない。貝澤さんは弁当の成分表示に変更したが、デ・リーパーが現実世界を研究するという意味合いからして、この方が圧倒的に意味が出てくる。
ただ、視聴者の子どもには、浅田さんの無機的な読み上げの声と共に恐怖感を抱かせた様だ。極端な表現をせずに、強烈な印象を与えるという極めて効果的な例になっている。
空が白みだす直前に、
松本駅に到着した。
駅の外では、父親の肇がタクシーで迎えに来ていたが――、
険しい表情。
タカトは不安。
だが、肇は丁寧にタカトに頭を下げる。
あああ、今晩は、あのぼく――
ほらっ、と腕を強く引っ張る。
樹莉が、お世話になりました、とまた頭を下げる。
あっ、あの――
!
腕を強く引かれていくままの樹莉。ストロボのスローモーション。
何も言えなかったタカト。
走り出してしまうタクシー。
なんとクルモンは樹莉について行ってしまう。
これはシナリオには書いていないが、後の展開上必要になるので申し送りされた。
取り残されるタカトとギルモン。
待合室で、上り始発を待つ。流石に疲弊し眠る二人。
だが、テレビが異常を告げている……。
松本市内、城下町。
樋口、というのは後妻の実家。心配そうに待っていた。義弟の昌彦も眠そうだが、義姉の到着を待っていた様だ。
タクシーから樹莉を降ろす。
継母は樹莉を抱き締める。
クルモン、極めて小さく、クルー。
決して夫の連れ子に悪い対応はしていなかった。
クルモンは樹莉の異常さが気になって仕方がない。
ふ、と小さく息を漏らす樹莉。
このカットは見逃されがちな気がする。これが樹莉本人ではなく、ADR=エージェント・デ・リーパーの一体目という意味のADR-01「樹莉タイプ」だとはっきり明示された。
ここから不安な音楽が鳴り始めている。
待合室で眠りこけていたタカト――
何か異常を察知する。
立ち上がってテレビを見る。
愕然――
う、嘘だよ……、
こんなの……、
どしたのタカト?
そんなの嘘だよ!!!
貝澤さんは25話以来の各話担当で、全体でも4話しか担当話がなかった。しかし間違いなくテイマーズは貝澤色が強いシリーズで、その表現の基本形は全て貝澤さんのヴィジョンに裏打ちされていた。
既にもっと以前の話数から、シリーズ・ディレクターとしては中村哲治さんがスタジオを仕切られていた。私は一貫性を維持するべく全話のアフレコに立ち合った。
そして次回からがデ・リーパー編となる。10話分しかないのだが、濃密にすべく準備は整えてあった。42話以降の回顧の前に、シリーズ構成視点で振り返りが入る。
#41 Credits
ギルモン/ナレーション:野沢雅子
松田啓人:津村まこと
テリアモン/ロップモン:多田 葵
李 健良:山口眞弓
キュウビモン/レナモン:今井由香
牧野留姫:折笠冨美子
加藤樹莉:浅田葉子
クルモン:金田朋子
インプモン:高橋広樹
山木満雄:千葉進歩
小野寺恵:宮下冨三子
ガードロモン:梁田清之
塩田博和:玉木有紀子
マリンエンジェモン:岩村 愛
北川健太:青山桐子
李 小春/鳳 麗花:永野 愛
サイバードラモン/車掌:世田壱恵
秋山 遼:金丸淳一
李 鎮宇:金子由之
松田剛弘:金光宣明
松田美枝:松谷彼哉
加藤 肇:佐藤晴男
バベル:乃村健次
デイジー:百々麻子
ドルフィン:菊池正美
カーリー:松岡洋子
原画:八島善孝
動画:富田美穂子 山口幸俊
背景:鈴木慶太 佐々木友子 山田美奈子
デジタル彩色:戸塚友子 鳥本佐智子 鈴木陽子 大村規子
デジタル合成:三晃プロダクション
広川二三男 則友邦仁 山口博陸 清水正道 緒方美佐子
演出助手:地岡公俊
製作進行:山下紀彦