第19話回顧 1
ファンには知られている事だが、私が参加する以前のシリーズの企画最初期、「デジモンアドベンチャーEVO」のメイン・パートナー・デジモンとして企画書に描かれていたのがインプモンだった。
人間的な洋服を着ており、いかにもワルガキ的なそのデザインは、私が提案しようとしていた、「ぼくの考えたデジモン」とすぐにパートナー・シップを結ぶのではなく、じっくりと関係を深めていくというシリーズ冒頭のストーリーには合わないと感じ、『アグモンタイプ』のデジモンにして欲しいと異議申し立てをした。
スポンサー・サイドでもあるデジモン企画チームにすれば、そんな異議申し立ては退けて当然だったと思うが、私の本意を説明した上で、一旦引き取り、「これです!」と決定版として提出されたのがギルモンだった。
気を悪くしてるんだろうなぁ、と思っていたのだが、WIZの渡辺けんじさん(オリジナル・デザイン)、北川原真さん(設定)、バンダイ・ボーイズトイのボルケーノ太田さん(当時の部署)らは、私の事を「まるでスネイプ先生みたいだね」と噂して楽しんでいたと、後で教えて貰う。まあ確かにあの頃は長髪が黒かったし陰気くさい喋り方をしていたかもしれない。
スネイプ先生というのは、映画版「ハリーポッター」に登場する陰険な(しかし実は……という)先生の事で、演じたアラン・リックマンはそれまでの代表作だった「ダイハード」の悪役を越える、自身の代表作にした。惜しくも2016年に物故された。
さてしかし、ではインプモンをこのシリーズでどう活躍させるのか。あだや軽々には扱えない。序盤はひたすらワルガキのトリックスターとして、主人公たちの周囲でいたずらをするだけでなく、デビドラモンのリアライズを助けるといった行為もするが、時にはギルモンらと楽しく水遊びをする時もあった。
だが、インプモンにはもともとアイとマコという幼いテイマーがいたのに、二人の姉弟喧嘩に挟まれ、いたたまれず、独りで生きる事を選択し、ひたすら自分の無力さを呪いながら、より強くなる事だけを望んでいた。
インプモンが中間を飛ばしてベルゼブモンというダーク・ヒーローになるのも最初期からの設定で、これを成立させる為に、ライター陣で周到にレールを敷く。
インプモン、アイ、マコの初出は吉村元希さんのシナリオで、概ね途中から登場したキャラクターは初出のダイアローグに倣うのがルーティンとなった。
インプモンの「強くなりたい」という切実な渇望は、きちんと段取りを経て積み重ねなければ、ベルゼブモンになる瞬間をクライマックスと描く事は出来ない。
今話より、インプモンをフィーチュアしたエピソードは前川淳さんが担う事になるが、「そうしましょう」とか相談してはいない。関プロデューサーと我々とで、自然にそうなる様になった。
演出も、インプモン~ベルゼブモンの重要回はほぼ、今回の芝田さんが担当される事になる。今話の作画監督は伊藤智子さん。見せ場が多い回なので3回に分ける。
水遊びをしている――
ヒロカズ、樹莉――
次はケンタだ~
ザバッ
小学生が昼間から、という心配は無用。放送日は8月12日で、夏休み最中。厳密には合っていないところもあるが、基本的にテイマーズは一年間の物語を放送順に見せているという感覚で作っていた。
ジャブジャブ池(もう新宿中央公園にはない施設)で遊んでいるのを、木陰から見ているのはタカトたち――
テイマーズ。ジェンリャはデーヴァが完全に自分達を狙って来ている事を憂慮。タカトは、あいつらは悪いデジモンだよね、だから倒さなくちゃと力説。だが――
それがテイマーがしなきゃいけない事?と留姫。なんで私たちが――
すると、レナモンがすっと身体を現し、戦いを挑んでいるのは向うだと留姫に言う。
ヒロカズがタカトを呼んでいる。一緒に遊ぼうと。
今行く、と返事して二人を誘うが、ジェンリャは道場だからと。留姫は黙って去って行く。
この木陰の場面は見事な色分けで描かれていて印象的だ。
タカトも合流。
高い木の上から面白くなさそうに見ているインプモン。
強くなりたい! 這い上がれインプモン
脚本:前川 淳 演出:芝田浩樹 作画監督:伊藤智子 美術:渡辺佳人
サブタイトルバックの曲は、一話の様に明るいパターンと、不穏なパターンの二種があって、テイマーズはやっぱり不穏パターンの方が圧倒的に多いのだが、今話は冒頭のシーンのイメージからか、明るいものが用いられた。
公園でコギャルに囲まれているクルモン。
コギャルというのは高校生のギャル、ガングロに日焼けして髪の色が明るいという90年代後半によく見られたファッション。
ギャル用語は検索すれば出てくるが、極めて特殊な隠語(主に短縮形)を用いて、第三者からすると余計に近寄り難い空気感を形成していた。
小首を傾げまくるクルモン。
そんなクルモンに苛立つインプモン。人間に媚びるのもいい加減にしろよと。
こいつかわいくねー。キモーいと素直に言うコギャル。
ウザいウザいと言われてインプモン――
ナイト・オブ・ファイアを小さくお見舞い。
逃げていくコギャルを見て大笑い。
大江戸線――、だが、行き先表示の方角が反対っぽいな……。
そこそこの乗車客がいるので――
テリアモンはおとなしくしている。
どういう意味なんだろう、デーヴァって……。
何処かの中国風邸宅――
すっと身を避ける趙先生。
とても余談だが、このジェンリャが履いている靴はカンフー・シューズといって、1980年代にドラムのマスター、スティーヴ・ガッドが愛用していた。極めて繊細なフットワークを生み出したのがこの靴。大学で軽音楽部にいた私は、何人もの先輩がガッドと同じYAMAHAのYD9000Rモデルを使い、カンフー・シューズを横浜中華街に買いに行っているのを見た。
この気合いの入った道場の場面は、時期的にもやはり映画「マトリックス」からの引用だろう。「マトリックス」は香港功夫映画のアクション・コーディネーターを大々的に起用した最初期のハリウッド映画だった。
これまで名前だけが登場していた《趙先生》とは、中国武術の師匠であった。
恐らくジャンユーと二代で師事している。
テリアモンは置物化してじっと見ている。
疲れが出始めているジェンリャ。
流石のテリアモンもびっくり。
心が乱れている、と看破される。
趙先生は、ジェンリャが深く悩んでいると見抜き、聞いてやると。
ジェンリャのこの武術修練の描写は、テリアモンの究極体、セントガルゴモンのデザインを見て、ライター陣でどう見せようかと悩んだ上で、こうした伏線を張った。セントガルゴモンは予想を遥かに越える大きさのロボット型で、ミサイル攻撃などは当然出来るだろうが、そのままだとアニメではあまり動かなそうに見えたのだ。このデザインだからこそ、意外性のあるアクションをさせてみたい。しかしジェンリャはコンピュータを操る頭脳派だし――という葛藤を経て、このユニークなパーソナリティが生まれた。
話してみなさい、という趙先生(北村弘一さん・演)。
そして趙先生という存在を早くから前振りしていたのは、デーヴァの在り方を、人間の視点で説明出来る人物が必要だったから。
直裁に、「デーヴァとは何か」を訊ねるジェンリャ。
インドのサンスクリット語で、神、神霊、神将といった事を意味するという趙先生。
禍をもたらすアスラと戦う良い神だと、インドでは伝えられている。
デーヴァが良い神……? ジェンリャにとっては意外な言葉だ。
中国茶で一服する趙先生。だが、と前置きし――
アスラを信仰する民にとっては、逆にデーヴァが悪しき神という事になる。
逆もまた真なり。
つまり、善と悪とは絶対的なものではなく、立場が変われば逆転するものだという事だ。
やさしい目に戻って、こんな話(一般論)で役にたったかな?
はい。
ありがとうございました、と礼。
言うまでもない事だが、本シリーズの《デーヴァ》は、デーヴァという概念をベースに生まれた(造られた)デジモンの神々(のしもべ)であり、実際の宗教観のそれとは完全に異なる。
強力な敵デジモンが十二体。十二支の干支にちなんだデザインとネーミングで一貫性を持たせるというのが元々の狙いだった筈だ。原案というか公式設定では、十二神将は3神ずつ、四聖獣にそれぞれ仕えるという仕分けがされていたのだが、テイマーズの物語でそれをいちいち紹介する余地はないと判断し、全てスーツェーモンが創造神であり、仕えているという構成に変更させて貰った(承認して貰った)。
最近まで、アニメなどでデーヴァをモチーフにする作品は時折作られている様だ。日本人にも干支は馴染み深いからだろう(私は丑年生まれ)。
私はデーヴァを、紋切り型の悪役にしたくないと思っていた。デーヴァにはデーヴァの信じる正義があり、それが人間と相容れない時に衝突が起こる――。そういう事を言っていたと思う。
しかし枠は子ども番組。やはり正義、悪という色分けはしておかねば混乱する。デジモンでガンダム的な戦争論をするつもりは毛頭なかったし。
だからこの趙先生の弁は、ずっと後になれば意味が通じる――というかなーり遠方に石を置いた伏線であった。
インプモンが気になって後を追うクルモン。
インプモンは、どれだけ表情を崩してもOKという、アニメーターの方にとっては極めて魅力的なキャラクターだったろうと思う。
ついてくんじゃねーよ、と凄むと、クルモンがばーか?と言う。
すると、遠くから哄笑の声が――
デジタルフィールドが!
貴様かぁ!と飛び込んでいく。
霧の中に消えるインプモン。
心配そうなクルモン。
俺を笑った奴はおめーか!?
午デジモン――、巨大な――
謎の施設――
都庁地下深くにある、ネット管理局R&Dセンターに山木が来て作業を指示している。
ワイルド・ワンが出現という報告。関係各庁に連絡し、奴らに対応させろと指示。
シャッガイがお前らの通り道ではない事を、すぐに知らせてやる――。
書き忘れていたが、「シャッガイ」というのはH.P.ラヴクラフトが「闇をさまようもの」という小説の中に記した架空の書籍名。後に星の名称だと解釈され、リン・カーターが「シャッガイ」という短編を書く。
ワイルド・ワンのリアライズだけではなく、同じパルスの信号がシャッガイ・ホールに送られてきているという報告。
なんだと!?
背中に背負った宝貝(パオペイ)。
お前も同類だ。
一度人間に飼い慣らされたデジモンは同じ臭いがする、と言われる。
愕然となるインプモン。
ここで、12話のアイとマコに引っ張られるという悪夢的回想がほぼそのまま。
しかし回想ではぬいぐるみのくまの腕が裂けたのだが――
ここで新作カット。極限まで痛みに堪えるインプモン――
おぞましい記憶を振り払う様に頭を振る。
そして自分の異臭を嗅ぐ。
人に飼われたお前が何故進化しない、と問われキレるインプモン。
はせ参じるレナモン、続いて留姫。
デーヴァのデータはデータベースになかなか登録されない。
名前が判明。インダラモン、ウイルス型完全体、聖獣型デジモン。
物質世界での進化などあってはならないもの。お前たちは存在が許されないのだ。
そう言い捨ててインダラモンは一旦消えていく。
インプモンは邪魔をされたと激高。あんな野郎、俺一人で始末出来たのに。
あんたが? と留姫。レナモンは冷静に、奴はデーヴァだ。ただのデジモンではない。進化が出来ないお前では敵わないと教える。
当然、インプモンは認めない。
なんだよ進化進化って! 俺は強いんだ! 俺は人間なんかとつるんだりしねーんだ!
ただのいつもの捨て台詞とは調子が違うのだが――、
留姫は、馬鹿みたい。行こう、レナモン。
留姫に促されても、暫しインプモンの方をみやっていたレナモン――。だが留姫に従う。